小出裕章さんからのメッセージ[過去分]


 

2019年8月末日 追記 小出裕章さんからのメッセージ

私は2015年3月末に41年間働いた京都大学原子炉実験所を定年退職しました。その時に、研究室の書籍、雑誌、仕事道具もすべて捨て、家のものも、子どもたちと撮った写真のアルバムも棄てました。そして、仙人になりたいと発言し、人生の最後を生きる場として松本を選び、移住しました。
でも、2011年3月11日に突然発生したフクシマ事故は一向に収束できず、被害者の苦難はますます深まってきました。その一方で、加害者である東京電力と国は、まったく責任を取らないまま生き延び、さらに原子力を進めようとしています。私は新たな仕事などには就かず、名刺も作らないことにしました。
でも、簡単に仙人になれるはずもなく、私が担わなければならないと思う仕事を引き続きお引き受けしてきました。でも、生きている者、老いと死は避けられません。私は2年前に「仙人になる道」という文章を書きました。
http://www.go.tvm.ne.jp/~koide/Hiroaki/remark/仙人への道.pdf
自分の老いに自覚的でありたいと思い、お引き受けする仕事を厳選させて下さいと皆さんにお願いしました。ただ残念ながら、それ以降も、フクシマ事故をめぐる状況は良くならず、国は東京オリンピックの熱狂に国民を引きずり込むことで、フクシマ事故をなかったことにしてしまおうとしています。そんなことは許したくありません。でも、私も70歳になりました。還暦を迎えた時に、後は余生だと思いましし、古来稀だと言われる古稀に達した今、身体的な老いはもちろん、知的な老いも実感します。私に期待をかけて下さる方がいらっしゃることを光栄なことと思いますし、ありがたいことと思います。でも、今後は、お引き受けする仕事を一層厳選し、どうしても私でなければならない仕事以外はお断りさせていただきます。
また、「仙人になる道」にも書きましたように、文末に記した場は私の自宅ではく、私の連れ合いが英語教室を開くために借りている部屋で、私はほとんどその場に居りません。日時をご指定いただいた電話インタビューなどはお受けできますが、それ以外の電話はほぼお受けできません。また宅急便など受け取り証明が必要なものは、まず受け取れず再配達を依頼して、その時間帯に文末の場に行き、受けとらねばなりません。たくさんの方々がいまだに、ご著書、定期的な通信、私が「いのちの水」と呼ぶ酒、各地の美味しいものなどを送ってくださいます。でも、私信以外の郵便物は固くお断りさせて下さい。ご好意を裏切るようで誠に申し訳ありませんが、私の我が儘をお聞き届けいただけると嬉しいです。
フクシマ事故被害者の方々の苦難が少しでも軽くなることを願うとともに、皆さんお一人お一人のご活躍を願います。

2019年8月末日
小出裕章
長野県松本市開智1の1の1
phone: 0263-75-8098
(fax は使えなくなりました。)
e-mail: koidehiroaki1949@yahoo.co.jp
HP: http://www.go.tvm.ne.jp/~koide/Hiroaki/index.htm

 
 

2017/8/31追記 小出裕章さんからのメッセージ

私は2015年3月末に京都大学を定年退職しました。退職は雇用契約が切れるという単なる社会的な約束事に過ぎません。でも、定年ということは、それなりに歳を取ったということであり、そのことに自覚的でいたいと思いました。命あるものとして、老いて行くこと、そして死は必然です。そして死はたいていの場合、向こうからやってきて、ほとんど選ぶことができません。死が向こうからやってくるまで、ひたすら社会的な役割を背負って生き、多くの人たちから死を惜しまれる人がいます。逆に、老いを自覚せず老害をまき散らしながら生きる人もいて、そういう人はやっと死んでくれたと思われるのでしょう。私は定年退職に当たって仙人になりたいと発言しました。物には執着しないことにし、研究室にあった物は来客に持って行ってもらったり、熊取町図書館に持って行ってもらったりし、最後に残ったものはすべて捨てました。自宅にあった物も子どもたちと撮った写真のアルバムも含めすべて捨てました。そして松本に移住しました。定職には就かず、名刺も作らず、自宅住所もどなたにもお知らせしないことにしました。
ただ、2011年3月に起きた福島第一原子力発電所事故は、6年半を経た今も収束できず、被害者の苦難も続いています。18歳で原子力に夢をかけてから、私の一生はずっと原子力とともにありました。21歳で原子力廃絶を決意してからは決して原子力の旗は振りませんでしたが、原子力の場にいた人間として、フクシマの事故を防げなかったことは無念ですし、汚れた世界で生きるしかない若い人たちに対して誠に申し訳ないことだと思います。そのため、私が背負うべき仕事はまだあると思いましたし、退職以降も、私でなければ出来ない、私でなければしない仕事を厳選しながら生きてきました。私は、強いもの、強いリーダー、カリスマを求めることそのこと自体が誤りだと発言してきました。そうではなく、一人ひとりが自分の頭で考え、自分にできる仕事をすることが何より大切だと思いました。私自身は誰かから期待をかけられるような存在になりたくありません。私が死ぬ時には、誰かから惜しまれたりせず、誰にも気づかれないようにしてこの世から消えていきたいと思います。その私もすでに68歳になりました。肉体的な衰えはもちろん感じますし、記憶力、集中力、思考力の衰えも実感します。福島の現状をみれば、まだ私が負わなければならない仕事は残っていると思います。でも、一気にできることではないにせよ、そろそろ本気で仙人への道に入って行こうと思います。そのため、お引き受けする仕事はこれまで以上に厳選します。どうしても私でなければならないという仕事だけをお受けするようにします。またこれまでのようなお付き合いは止めにします。文末に記す住所は私の自宅ではありません。私の連れ合いが英語教室を開くために借りている教室で、私はそこに居候し、郵便物の受け取り、来客や電話インタビューへの応対に使ってきました。毎日たくさんの郵便物や宅配便が届きますが、誠に申し訳ないことに、私信以外の郵便物は、書籍を含めほとんど読むことができないままゴミとなってきました。また、貴重な食べ物や飲み物を送ってくださる方々もいます。でも、私が「いのちの水」と呼んでいる酒すら飲み切れないほど届きます。多くの方のご好意を本当にありがたいことだと思います。でも、皆さんのご好意を無にするようで誠に心苦しいのですが、今後は私信以外の一切の郵便物、贈り物は辞退させてください。おそらく、数年後には、この連絡先も閉鎖します。それ以降は、本当に必要な最低限のお付き合い以外はすべて終了させていただくつもりです。一方的に勝手なことを書いていますが、私は私なりに、この世から消えていく道を、出来る範囲で自分の手で敷くつもりです。我が儘お許し下さるようお願いします。

2017年8月末日

長野県松本市開智1の1の1
e-mail : koidehiroaki1949@yahoo.co.jp
小出 裕章

 
 

2016/3/1追記 小出裕章さんからのメッセージ

すでにこのページでお知らせした通り、私は昨年3月末に京都大学を定年退職し、信州・松本市に移住しました。
次第に歳を取って行くことは避けられませんので、仕事を厳選しながら退いて行くつもりでした。ただ、福島第一原子力発電所事故の収束は程遠く、放射能汚染地帯に棄てられてしまった人たちの苦しみも一向に軽くなっていません。原子力の場にいた人間として、容易には退くことができないまま、気が付けば、ほぼ1年が過ぎてしまいました。
講演会の依頼もいまだにたくさん頂き、10件に1件程度しかお引き受けできない状態が続いています。2月が終わった時点で8月末までにお引き受けする講演会などの日程を決めました。でも、今後も同じようなペースでお引き受けすることはやめ、どうしても私でなければならない仕事だけを一層厳選しようと思います。これまでもお引き受けする優先順位を『敵地(原子力を推進する人たちとの論争の場など)』『現地(福島や原発を立地されてしまった地域など)』『若い人(これからの未来を担わざるを得ない人たち、及び、子どもたちに関わりのある人たち)』としてきましたが、今後は、それ以外の一般的な講演会のお誘いは、特別な理由がない限りお受けしないことにします。特に、長年活動を続けられてきた力のある団体の方々には、私の力など不要と思いますので、辞退させてください。

皆さんそれぞれのご活躍を祈念します。

2016年3月1日

長野県松本市開智1の1の1
e-mail : koidehiroaki1949@yahoo.co.jp
小出 裕章

 

2015/10/31追記 小出裕章さんから連絡先訂正のお知らせ

outlook.comのメールアドレスは、大事なメールが届かない
トラブルが続き、その原因が分からないため、今後は使いません。

2015年10月31日

長野県松本市開智1の1の1
e-mail : koidehiroaki1949@yahoo.co.jp
小出 裕章

 
 

2015/10/2追記 小出裕章さんからのメッセージ

2015年の10月になり、福島第一原子力発電所事故からすでに4年半以上の歳月が流れました。敷地の中も、敷地の外も困難が解消されないままで、事故当日に発令された原子力緊急事態宣言は、いまだに解除できない状態が続いています。つまり、いま日本という国は緊急事態宣言かにあるのです。そのことをマスコミ真まったく伝えようとしませんし、安倍さんは、一度は避難した人たちに汚染地に帰還するように指示し、補償も打ち切るとしています。そして、TPP、武器輸出、海外派兵、東京オリンピックと次々とカネ・カネ・カネの政策を進めようとしています。まことに呆れた国だと私は思います。
私は今年3月に京都大学を定年退職しました。今は信州松本に移住しています。京都大学で使っていたメールアドレスも、9月末で使えなくなりました。今後、もし私のご連絡をくださる場合には以下にお願いします。

2015年10月2日

長野県松本市開智1の1の1
小出 裕章

 
 

2015/1/29追記 小出先生からのメッセージ

前回、このページにメッセージを掲載してもらってから、もう3カ月が過ぎました。地上でどんなことが起きていようと、時だけは確実に、容赦なく流れることをふと不思議に思います。もうすぐ、福島第一原子力発電所事故から4年になりますし、前回のメッセージに書いたように私は3月末に京都大学を定年退職します。
定年は社会的な制度ですが、生き物はいずれにしても老いていき、いずれ死ぬということの一里塚でもあると実感します。定年退職後、私は新たな仕事には就きません。少しずつ退いていかれるようにしたいと思います。これ迄もそうでしたが、私しかしない、私にしかできない仕事だけに自分を関わらせるつもりです。講演会などのお誘いをお受けすることも少しずつ減らしていきます。
下の署名欄に、私の連絡先が書いてありますが、これも3月末で終わります。ただし、メールアドレスだけは9月末まで使えますので、4月以降9月までは必要なご連絡はメールでくださるようお願いします。それ以降、私がどのように連絡の窓口を作るか現在は未定です。いずれまた何らかの方法でお知らせできる日が来ると思いますが、私が少しずつ退いていくことはご容赦ください。皆さん、お一人おひとりのご活躍を願います。

2015年1月29日

大阪府泉南郡熊取町朝代西2丁目1010
京都大学 原子炉実験所
小出 裕章
phone : 072-451-2458
fax : 072-452-8193
e-mail: koide@rri.kyoto-u.ac.jp
URL: http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/index.html

 

2014/10/28追記 小出先生からのメッセージ

10月も終わりに近づき、私が住む大阪も少しずつ秋らしくなってきました。

福島第一原子力発電所事故からは、すでに3年半以上の歳月が流れました。私にとっては、一瞬のように過ぎ去った時でした。しかし、被害者たちにとっては、途轍もなく長い年月であったのではないかと思います。それなのに、いまだに事故現場にも行かれない状態が続いています。せめて、被害者の救済がなされるべきと思いますが、この国は一向にそうするつもりがない国のようです。原子力とはつくづく過酷なものだと思いますし、この国は腐っていると改めて思います。

この間、私にできることをしてきたつもりですが、これまで以上に自分の非力を感じ続けた歳月でした。そして、私は来年3月末に京都大学を定年退職します。私が原子炉実験所に就職したのは1974年4月でしたので、退職時には丸41年になります。その間、大阪の南の端、大阪府泉南郡熊取町、実験所の原子炉が見える場所で生活してきました。でも、退職を機に、この場も離れるつもりです。生活が大きく変わることになり、来年4月以降しばらくは、お引き受けする仕事を減らすつもりです。その後、どのように生きられるか、私自身がなにをすべきなのか、ゆっくり考えます。

皆さんお一人おひとりが、それぞれに充実した時を過ごしてくださるよう願います。

2014年10月28日  小出 裕章

 
 

2013/10/13追記 小出先生からのメッセージ

ツイッター上で私の名前を騙る人がいるようです。

福島原発事故からすでに2年7カ月以上の時が流れました。
残念ながら、敷地内での苦境は一向に改善できないまま汚染水が増え、下請け、孫請け労働者の被曝も続いています。
敷地外では故郷を追われ、生活を根こそぎ破壊された10万人を超える人たちの苦難が今も続き、その周辺には数百万人もの人たちが本来なら放射線管理区域にしなければならない土地に棄てられたまま生活しています。
私は福島原発事故を防ぐこともできませんでしたし、今も自分の非力を無念に思います。

それでも、私には私の責任があると思い、この間生きてきました。
身体が10個欲しいと思いながら、私にしかできないこと、私しかやらないことだけに自分の力を向けてきました。
今の世界でネットが大切であることは承知していますが、ネット上のやり取りに付き合っている余裕はないため、私自身は一切関わらないことにしてきました。
ネット上で、私を応援してくださる方にはありがたいと思いましたが、あえてお礼もお伝えしませんでした。
逆に、ネット上での私に対する批判がくさんあることも承知していましたが、あえて反論もしませんでした。
直接私にコンタクトをくださる方にはできる限り応対してきましたし、直接批判をくださる方にはお答えもしてきました。
今後もそうします。
しかし、これまで私はブログもツイッターもフェイスブックも一切やりませんでしたし、今後もやりません。
ところが、今日、複数の方から私がTwitterを始めたのかと問い合わせがありました。

どうやら「小出裕章」を名乗る人物がTwitter上で発信を始めたようです。
一体どこのどなたのか私には分かりません。
何故、私の名前を騙るのかも分かりません。
でも、私ではありません。
本当にへんてこりんな世界だなと思います。

私の講演会情報を掲載してくれているこのページも、私自身が作っているのではありませんが、私が信頼している知人が作ってくれています。
そのことをお伝えしなければならないと思い、この文章を書き、このページに載せてもらいます。

2013年10月13日  小出 裕章

 
 

2012/6/28追記 小出先生からのメッセージ

皆様

福島原発事故が起きて、すでに1年以上の時が流れました。

こんな事故を起こす前に原子力を廃絶させたいと思いながら生きてきたのですが、私の願いは届きませんでした。しかし、時を逆に回すことはできず、事実を消すこともできません。

悪夢のように感じた事故は今も目の前で進行中です。

そして、こんな事故を引き起こしたことに責任のある「原子力ムラ」は何事もなかったかのように無傷で生き延び、今また大飯原発をはじめとして原発の再稼働に突き進んでいます。
私の余りの非力さを無念に思いますし、絶望すらしそうになりますが、諦らめた時が最後の負けだと自分に言い聞かせてきました。

事故後、多くの方が私をお招きくださるようになり、できる限りお受けするようにしてきました。

事故後1年がたつ今年3月末までは週末に一度の休みを取ることもできませんでした。
それでも10件に1件程度しかお誘いをお受けできませんでした。でも、このままでは自分の身体に自信が持てないので、4月以降は月に一度の週末を休養日に充てさせていただくことにしました。そして、今年12月末まですでにお約束を入れました。

来年以降も、原子力ムラとの闘いは続きます。負けたくない戦争ですので、私にできる力を発揮して戦い抜きたいと思います。でも、これまでのような状態で、今後長く戦うことができないと思うようになりました。

来年1月以降は月に2回の週末は休養やプライベートな用事(老母が脳梗塞で療養中となりました)のために使います。私をお招きくださるというお誘いは、そのどれもが真剣なもので、お断りする度に心が痛みます。

大変申し訳なく思いますが、お許しください。

今後のお誘いをお受けする基準を厳格に決めることはできませんが、幾つか思いついたことを列記します。まずは、敵地、原子力ムラとの論争ができるような場所を作ってくださるなら、最優先でお受けします。次に、原子力ムラの攻撃にさらされている現地。そして、次は若い人たちのお誘いを優先的にお受けします。そして、最後の基準はお誘いくださる熱意です。

これまでに運動を積み重ねてきた方々、理論的にも行動的にもすでにしっかりした力をつけている方々のお誘いは、申し訳ありませんが、よほどの余裕がない限りお受けしません。

以上、私の勝手な都合ばかりを書き連ねましたが、負けたくない戦いを戦い抜くため、皆さんのご理解をいただきたく思います。

皆さん、それぞれの個性豊かな戦いを期待します。

2012年6月28日  小出 裕章

 
 

2012/1/13追記 小出先生からのメッセージ

皆様

かねてよりこのページでお伝えしてきたとおり、今年4月以降のご依頼を年明けから始めました。
しかし、明ける前のフライングを含め、元日から様々なご依頼が殺到して来ました。
そのどれもが切実なもので、できることならすべてにお応えしたいと思いました。私は、昔、1日に
48時間あって欲しいと思ったことがありましたが、3・11以降は身体が10個欲しいと思うようになりました。そう思ったとおり、頂いたご依頼の10件に1件程度しかお引き受けできない状態に
なりました。やむなくお断りせざるをえない方に対しては、本当に申し訳なく思います。お許しいた
だければ、嬉しいです。

また、これもすでにこのページでお伝えしたとおり、今後は半年(6ヶ月)先までのお約束に限って
するつもりです。今現在、7月上旬までのお約束をしていますが、それ以降に私をお招きくださる
ご意向の方は、半年先の期限になった頃に、ご連絡ください。

福島を中心として今現在も被曝が進行しており、皆さんそれぞれが個性を生かしてお力を発揮し
てくださることを願います。私も私にできることを担いたいと願います。

2012年1月13日  小出 裕章

 
 

2011/12/20追記 小出先生からのメッセージ

皆様

福島第一原子力発電所事故からすでに9ヶ月以上の時が流れました。
この悪夢のような出来事を、何とか多くの人々に分かって欲しいと思いながら、
この間、毎日を戦争のような状態で過ごしてきました。
6月の段階で、来年3月末までの日程がすべて詰まってしまいました。
日本には「来年のことを言えば、鬼が笑う」という諺もありますが、
来年の約束までしてしまったことを、その時点で私は深く後悔しました。
そして、7月4日にこのブログに文章を書き、新しいお約束は
年が明けるまで一切しないことにしました。
それ以降も、多くの方々から、各地の講演会へのお誘いなどを
いただきましたが、すべてお断りしてきました。
そして、もうすぐ2011年が終わり、新しい年が来ようとしています。
皆さんへのお約束どおり、また新しい仕事のご相談も始めたいと思います。
もちろん、それぞれの皆さんが、この間、真剣にご自身の課題に
向き合ってくださってきたことを理解します。
私の力が必要であれば、どなたに対してもお応えしたいと思います。
でも、これまでのように1日の休みもない状態で走り続ける自信がありませんし、
月に一度の週末は休養に当てたいと思います。
また、すでにいただいてしまったお誘いの数から見ると、
多分10件に1件くらいしかお引き受けできないと思います。
申し訳ありませんが、お許しください。
また、新しいお約束は、半年先までのものに限らせていただきます。
どうしても私が必要だと思われる方は、年が明けた頃から
またご相談ください。そして、勝手を言って申し訳ないのですが、いただいたお誘いが幾つか溜まった時点で、どこにお伺いするか私に選ばせてください。
取り返しがきかない放射能汚染の中で、せめて子どもを被曝から守るため、ご活躍いただければ嬉しいです。

2011年12月20日

小出 裕章

 
 

2011/12/17追記 小出先生からのメッセージが届きました

「すべての原発を即刻止めることを願います。」

2011/12/17  小出 裕章
【緊急署名】 大飯原発3・4号の運転再開に反対してください

第一次集約 : 2012年1月15日

【署名用紙】

大飯原発3・4号運転再開反対の署名用紙

【連絡先】

美浜・大飯・高浜原発に反対する大阪の会(美浜の会)
〒530-0047 大阪市北区西天満4-3-3 星光ビル3階 TEL:06-6367-6580/FAX:6-6367-6581

【署名の呼びかけ団体】

琵琶湖の水がみんなのいのち・さよなら原発ネットワーク
(関西13団体)

NPO 地球とともに
(株)よつ葉ホームデリバリー京滋
京都・水俣病を告発する会
グリーン・アクション
コープ自然派京都
コープ自然派奈良
コープ自然派 ピュア大阪
脱原発へ!関電株主行動の会
脱原発わかやま
日本熊森協会滋賀県支部
毎月26日のランチタイムに関電前に集まる女たち
美浜・大飯・高浜 原発に反対する大阪の会
若狭の原発を案じる京都府民)

2011/7/27 追記 小出先生からのメッセージが届きました

小出 裕章です。
今回、大阪女学院で今中哲二さんの講演会が実現する
ことになりました。
京都大学原子炉実験所の原子力安全研究グループは
もともと6人で構成されていました。
ただ、現在、現役は今中さんと私の2人だけになって
います。
多くの方にご参加いただけると嬉しいです。

2011/7/27  小出 裕章

2011/7/4 追記 小出先生からのメッセージが届きました

小出 裕章です。
福島原発事故からすでに4か月が過ぎようとしています。
こんな事故が起きないことを願って生きてきましたが、
残念ながら事故を防ぐことができませんでした。
原子力の場にいる人間の一人としてお詫びします。
私にできることであれば、各地の皆さんからのご要望に
できる限りお答えしようとしてきましたが、すでに来年
3月までの日程がいっぱいになってしまいました。
来年のことを言えば鬼が笑いますし 、私には福島原発事
故の今後の進展も予測できません。
また、私自身の健康状態がどうなっているかも分かりま
せんので、来年4月以降のお約束はしないことにしました。
講演会の新しいお約束は、年が明けた頃からまた考えた
いと思います。
事情ご賢察ください。

2011/7/4  小出 裕章