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このウェブサイトでは

元 京都大学原子炉実験所助教 小出裕章(こいで ひろあき)さんの講演情報を中心にお知らせしていきます。

行き届かない部分もございますがご容赦下さい。

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2017/8/31追記 小出裕章さんからのメッセージ

 

私は2015年3月末に京都大学を定年退職しました。退職は雇用契約が切れるという単なる社会的な約束事に過ぎません。でも、定年ということは、それなりに歳を取ったということであり、そのことに自覚的でいたいと思いました。

 命あるものとして、老いて行くこと、そして死は必然です。そして死はたいていの場合、向こうからやってきて、ほとんど選ぶことができません。死が向こうからやってくるまで、ひたすら社会的な役割を背負って生き、多くの人たちから死を惜しまれる人がいます。逆に、老いを自覚せず老害をまき散らしながら生きる人もいて、そういう人はやっと死んでくれたと思われるのでしょう。

 私は定年退職に当たって仙人になりたいと発言しました。物には執着しないことにし、研究室にあった物は来客に持って行ってもらったり、熊取町図書館に持って行ってもらったりし、最後に残ったものはすべて捨てました。自宅にあった物も子どもたちと撮った写真のアルバムも含めすべて捨てました。そして松本に移住しました。定職には就かず、名刺も作らず、自宅住所もどなたにもお知らせしないことにしました。

  ただ、2011年3月に起きた福島第一原子力発電所事故は、6年半を経た今も収束できず、被害者の苦難も続いています。18歳で原子力に夢をかけてから、私の一生はずっと原子力とともにありました。21歳で原子力廃絶を決意してからは決して原子力の旗は振りませんでしたが、原子力の場にいた人間として、フクシマの事故を防げなかったことは無念ですし、汚れた世界で生きるしかない若い人たちに対して誠に申し訳ないことだと思います。そのため、私が背負うべき仕事はまだあると思いましたし、退職以降も、私でなければ出来ない、私でなければしない仕事を厳選しながら生きてきました。

 私は、強いもの、強いリーダー、カリスマを求めることそのこと自体が誤りだと発言してきました。そうではなく、一人ひとりが自分の頭で考え、自分にできる仕事をすることが何より大切だと思いました。私自身は誰かから期待をかけられるような存在になりたくありません。私が死ぬ時には、誰かから惜しまれたりせず、誰にも気づかれないようにしてこの世から消えていきたいと思います。その私もすでに68歳になりました。肉体的な衰えはもちろん感じますし、記憶力、集中力、思考力の衰えも実感します。福島の現状をみれば、まだ私が負わなければならない仕事は残っていると思います。でも、一気にできることではないにせよ、そろそろ本気で仙人への道に入って行こうと思います。そのため、お引き受けする仕事はこれまで以上に厳選します。どうしても私でなければならないという仕事だけをお受けするようにします。またこれまでのようなお付き合いは止めにします。

 文末に記す住所は私の自宅ではありません。私の連れ合いが英語教室を開くために借りている教室で、私はそこに居候し、郵便物の受け取り、来客や電話インタビューへの応対に使ってきました。毎日たくさんの郵便物や宅配便が届きますが、誠に申し訳ないことに、私信以外の郵便物は、書籍を含めほとんど読むことができないままゴミとなってきました。また、貴重な食べ物や飲み物を送ってくださる方々もいます。でも、私が「いのちの水」と呼んでいる酒すら飲み切れないほど届きます。多くの方のご好意を本当にありがたいことだと思います。でも、皆さんのご好意を無にするようで誠に心苦しいのですが、今後は私信以外の一切の郵便物、贈り物は辞退させてください。おそらく、数年後には、この連絡先も閉鎖します。それ以降は、本当に必要な最低限のお付き合い以外はすべて終了させていただくつもりです。

 一方的に勝手なことを書いていますが、私は私なりに、この世から消えていく道を、出来る範囲で自分の手で敷くつもりです。我が儘お許し下さるようお願いします。

 

2017年8月末日

 

長野県松本市開智1の1の1
e-mail : koidehiroaki1949@yahoo.co.jp

                 小出 裕章